エッセイ其の壱 火消とは一体⁉

Mon, Sep 14, 20

皆さま初めまして、火消魂の吉田です。

浅草店スタッフによるエッセイを定期的にこちらに掲載していく事となりました。
浅草や日本の様子を私たちのフィルターを通して皆さまに少しでも感じ取って頂けるような読み物になる事が目標で御座います。
このような形で皆さまに私が書いた文章を読んで頂く機会が出来た事を嬉しく思っております。
嬉しい事は事実ですが、記念すべき、第一回目の今回、テーマを何にするべきなのか、色々と悩みました。
初回からこんなに悩んでいてこのコーナーを続けていけるのか、一抹の不安はありますが、その不安には気付かないふりをして、早速、本題にいきましょう!
私たちのブランド名『火消魂(こう書いて「ヒケシスピリット」と読みます)』から容易に想像が出来るように、デザインのモチーフは今から約150年前に終わりを迎えた江戸時代に活躍した“火消し”たちにあります。
江戸時代と括ってしまいましたが、実際はその後の明治時代にまで“火消し”の名は残っております。
今回は江戸時代の話が中心になりますので、このままお話を続けます。
日本の住居は今も昔も木造が主でありました。
今でこそ鉄筋コンクリートなど木造で無い建物も多いですが、個人の住居レベルで考えるとまだまだ木造の割合が高いです。
江戸時代、江戸の街には日本の伝統的な都市住居として知られる長屋がたくさんありました。
もちろんこれら長屋は全部木造です。
その長屋が全盛だった江戸後期、江戸の人口は50万人を超えていたとされています。
一般的な庶民の住居はほぼこの長屋だったようなので、どれほど多くの長屋があったかは想像に難くありません。
また、庶民が住む地域が決まっていた事などもあり長屋は非常に密集してひしめき合う様に建っていたようです。
前置きが少し長くなりましたが、木造、密集とくれば、火事が怖い!
今の技術で木に防炎加工を施せばそれほど燃え広がるような火事はなかったかも知れません。
しかし、時は江戸時代。
一度、火事になれば風に乗り炎は大きくなり、たくさんの長屋を巻き込んでいったのでしょう。
そんな時、活躍するのが、本日の主役“火消し”たちでした。
火消しには大きく分けて武家火消と町火消があります。
細かな説明は省きますが、武士による組織が武家火消でそれ以外の庶民による組織が町火消しだと考えて下さい。
スタートの境遇こそ異なりますが、使命は同じ。
火事による被害をなるべく大きくしない事でした。
ここで、一つ、江戸時代の大きな火事のお話をさせて頂きます。
明暦の大火。
1657年に起きた大火災で江戸の大半を焼き、江戸城天守まで焼失した江戸時代最大の火事です。
死者は10万人以上とされており、江戸の町に甚大な被害をもたらしました。
当時の火消しが行う活動は火を消す、というよりも延焼を食い止めるという意味合いが強い方法でした。
今とは異なる考え方ではありますが、火事による被害を抑えたい、食い止めたいという気持ちは今も昔も変わらなかったと思います。
火事に対して多くの人は無力です。
どうする事も出来ない目の前の炎に立ち尽くしたんだと思います。
そこに現れる火消し。
颯爽と現れ、大きな炎に立ち向かうその姿はまさしくヒーロー。
そのヒーローに尊敬と憧れと羨望の念を抱く事は当然なのではないでしょうか?
人々から非常に恐れられていた江戸時代の火事。
それに対抗する人類唯一の希望、火消し!
これはもはや、アベンジャーズだ!
歴史ある粋な日本産アベンジャーズ、“火消し”に少しは興味が湧きましたか?

火消しの具体的な活躍やその傾いたビジュアルに関してはまたの機会に・・・アベンジャーズの続編をお待ち下さい!!

浅草コラム

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